朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』を読みました。
「推し活」にまつわる物語ということで、気になっていた一冊です。
実際に読んでみると、推し活そのものだけではなく、SNS、コミュニティ、男女のコミュニケーション、孤独など、今の時代を生きるうえで感じるさまざまな価値観がふんだんに取り入れられていました。
推し活に関わる登場人物たちの姿を通して、「人はどうやって誰かとつながり、何に夢中になりながら生きていくのか」を考えさせられる作品でした。
※以下、作品の内容に触れています。ネタバレを含みますのでご注意ください。
久保田慶彦がとにかく孤独すぎる
読んでいて強く印象に残ったのが、久保田慶彦の孤独です。
離婚していて、一人娘の澄香とは月に一度のビデオ通話でしか交流がない。そのビデオ通話も、どこかぎこちない。
経理部での仕事でも、部下とうまく意思疎通ができているとは言い難い。
そして何より、慶彦が一人で暮らす家での描写が、とても怖い。
大きな事件が起きるわけではないのに、「この人には本当に誰もいないんだ」と感じさせられる。その孤独が妙にリアルでした。
もし慶彦が、世の中にいる40~50代男性の一つの象徴として描かれているのだとしたら、私は「この世代には、こんなにも孤独を抱えている人がいるのだろうか」と考えさせられました。
仕事では一定の役割を果たしていて、社会的にはきちんと生きているように見える。それでも、仕事を離れたときに「自分をケアしてくれる人」「何でもない話ができる人」がいない。
その怖さが、この作品ではかなり生々しく描かれていたように思います。
「目的のある会話」と「ただつながるための会話」
慶彦がプロデュースすることになるアイドルグループのメンバー・道哉とカフェで話す場面も印象に残りました。
そこで道哉が、男性と女性のコミュニケーションの違いについて語ります。
男性のコミュニケーションには「何か目的があること」が求められやすい。一方で、女性には、特に目的がなくても、雑談をしながらつながりを維持していくようなコミュニケーションがある。
もちろん、男女を単純に二分できる話ではありません。
ただ、私はこの「目的のための会話」と「つながるための会話」という対比が、とても印象に残りました。
慶彦は前者のコミュニケーションをする人です。
仕事では、目的を達成するために必要な会話をする。それは合理的で、無駄がなくて、仕事のできる人のようにも見える。
私自身、仕事をしていると、こうしたコミュニケーションのほうが「かっこいい」と思ってしまうことがあります。
でも、それだけでは生きていくことができない。
何の目的もない話をしたり、くだらないことで笑ったり、ただ一緒にいたりする。
そういう一見「生産性のない」コミュニケーションが、実は人が生きていくうえでは重要なのではないかと思いました。
仕事では「目的を達成するためのコミュニケーション」が必要でも、人生では「お互いをケアするためのコミュニケーション」も必要なのだと思います。
そして、それは仕事の場においても、ある程度必要なのかもしれません。
澄香の「推し活」は悪いこと?
もう一つ印象に残ったのが、澄香がアイドルグループに傾倒していく姿です。
現実の世界で少しずつうまくいかなくなっていく中で、アイドルグループに夢中になり、どんどんその世界に入り込んでいく様子を読んでいると、「分かる」と思う一方で、少し怖くもなりました。
ただ、冷静に考えてみると、澄香は推し活によってとても生きやすくなっています。
自分が好きなものに囲まれて、同じものを好きな人たちとつながって、日々を楽しめるようになる。
他人に迷惑をかけていないのであれば、外側にいる人間が「そんなものに夢中になって」と否定できることは、何もないのではないかと思います。
むしろ、「何かに夢中になることで人生が少し楽になる」ということ自体は、決して悪いことではない。
そう考えると、澄香の姿は他人事ではないようにも思えました。
「つながり」と「没頭」
この本を読み終えて、私が感じたキーワードは「つながり」と「没頭」です。
少し前まで、私にとっての「没頭先」は間違いなく税理士試験でした。合格するために、勉強して、悩んで、また勉強する。振り返ってみると、あれほど一つのことにエネルギーを注いだ時間は、今のところ他にありません。
でも、試験が終わった今、正直なところ、次にそこまで夢中になれるものはまだ見つかっていません。
だからこそ、これから自分がエネルギーを注ぎたいと思えるものを、少しずつ探していきたいと思いました。
そして、もう一つ考えさせられたのが「つながり」です。
誰かとつながりたいと思えば、拒絶される怖さもついてきます。傷つきたくなければ、自分から手を伸ばさなければいいのですが、それでも、私は誰かとつながることを諦めずに生きていきたいと思います。
『イン・ザ・メガチャーチ』は、推し活を入り口に、孤独や人とのつながりについて考えさせられる一冊でした。「推し活の小説」と思って読み始めましたが、読み終わった今は、自分は誰とつながっていて、これから何に夢中になれるのだろう、と考えています。
